第1回:就職氷河期の20代、工場で働きながら「このままでいいのか」と悩んでいた頃の話

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就職氷河期に社会へ出て、「このままで本当に人生大丈夫なのか?」と不安を抱えながら働いていた当時のことを、今でも鮮明に覚えています。
中小企業の現場で必死に働きながらも、成長実感が得られないまま時間だけが過ぎていく――そんな20代を過ごした経験を、この記事では率直に綴りました。

キャリアに悩む人、将来への焦りを感じている人、働き方を変えたいと思いながらも一歩踏み出せない人へ。
「人生を変える最初のきっかけ」は、いつも意外なところから始まります。
その原点となった私の体験をここで紹介します。

就職氷河期に直面した20代の現実

学歴に自信が持てなかった理由

私は理系の大学を卒業しました。偏差値は50前後の中堅校。決して悪い大学ではありませんでしたが、学生生活を振り返ると胸を張れるものは何一つありません。ほとんど学校に顔を出さず、授業も最低限。単位はギリギリで卒業。研究や勉強に打ち込むこともなく、将来を真剣に考えることもありませんでした。ただ「卒業できればいい」という気持ちだけで過ごしていたのです。
中には計画的に学習している友人もいたのですが、心のどこかで「こいつは何を頑張っているんだ、どうせろくなことにならないのに」とニヒリズムを気取っていたのかもしれません。

努力できなかった背景にあった“時代”

なぜ計画的に動けなかったのか。今振り返ると、いくつもの理由が浮かびます。まず、就職氷河期という時代背景。「どうせ頑張っても報われない」という空気があり、自分もその諦めに流されました。次に、将来の目標がなかったこと。理系に進んだものの、明確に「この職業に就きたい」という夢を持っていなかったのです。

さらに、遊びや飲み会、ギャンブルに逃げたことも大きかったでしょう。将来への準備よりも「今をやり過ごすこと」を優先し、結果として行動力を失っていました。母子家庭の育ちだったこともあり、親、知り合い、先輩にも大企業で働くような人はおらず、身近に「成功のモデル」となる存在がいなかったことも影響していたと思います。

社会人1年目で感じた“キャリアの壁”

中小企業の工場勤務で味わったギャップ

そんな状態で迎えた就職活動。周りが何十社もエントリーして面接に走る中、私はほとんど動けませんでした。結局、たまたま縁のあった中小企業に拾ってもらい、どうにか社会人の肩書を得ただけ。努力して掴んだ未来ではなく、流されて辿り着いた結果でした。

最初に勤めたのは三交代制の工場。管理側に配属されたものの、現場の雰囲気は悪かったです。例えば、工場見学や取引先の来客があってもほとんどの従業員はあいさつをしません。それから独身率の高さ(優に50%以上)にも驚きました。最初のころは「世の中、下には下があるんだ」のように思っていたのですが、それもすぐに慣れてしまいました。上司や先輩も話してみるとみんなそこそこ良い人なのですが、結局は「あきらめ」や「現状を肯定」するような様子で、やりがいや希望を見いだせる環境ではありませんでした。

孤独なライン作業で気づいた“人生の空虚さ”

ある時、工場の裏側にある一人で操作できるラインを任されることがありました。朝から夜までずっと一人で原料を入れ、ボタンを押して半製品を作り続けます。20kgの紙袋を開けての原料投入はそれなりに大変ですが、ボタンを押してから製品ができるまでの30分間はトラブルがなければなにもすることがありません。この「黙々と続く孤独な作業」は、まるで空虚な世の中の縮図のように思えていました。

こうして私は、社会に出た瞬間から「計画性のなさ」と「環境の厳しさ」に押し潰されていきました。そしてこのまま、取り返しのつかない人生を歩むのではないかと、本気で思っていたのです。

低収入という現実が突きつける壁

就職した会社の給料は、正直なところ安かったです。年収は400万円ほど。十年近く勤めても昇給はわずかで、上司である部課長クラスでさえ年収500万円程度だと聞かされました。「このまま働き続けても先は知れている」と頭では理解していても、行動には移せない自分がいました。どこか楽観的なところがあり、「きっとなんとかなるさ」という根拠のない気持ちに縋っていたのです。

パチスロ依存と現実逃避の日々

勝ってもお金が残らない生活習慣

そんな日常の逃げ場となっていたのが、当時ブームの真っ只中だったパチスロでした。設定判別やリプレイ外しといった小技を駆使すれば多少の利益は得られます。AT機やストック機が登場してさらに過激さを増し、遠征すれば大勝ちすることもありました。

朝一の設定判別で設定5以上が確定した時の優越感はなかなかのものです。タバコが切れると、当時大好きだった「セブンスター」をメダル22枚で交換します。爆音と煙と欲望にまみれたホールで23:00までの13時間近く、全力でスロットを回します。設定5以上を終日打てばほとんど勝つことができました。近所に高設定を入れている店もあり、1日で5~10万円を勝つことも珍しくはなかったように思います。

しかし、財布の中のお札は一瞬増えても帰りの居酒屋やキャバクラで簡単に消費してしまいます。そして給料日が近くなると毎月の金欠病。貯金など考えたこともなく、「パチスロで勝ち続けても幸福にはならない」この矛盾をどこかで理解していたのです。

同世代との比較で高まる危機感

周囲を見渡せば、同じ大学を出た友人たちの中には結婚して家庭を築いた者や、大手企業でキャリアを積んでいる者もいました。年賀状に並ぶ彼らの笑顔の写真は、私にとって別世界の出来事のように映りました。焦りは募るのに、その現実を直視するのが怖くて、私はますますパチスロに逃げ込むようになっていったのです。

それでも「パチスロのプロになったら、楽しい人生になるんじゃないか」そんな甘い幻想を抱き、現実の厳しさから目を逸らすようにホールへ通っていました。給料が安くても、勝てば補填できる。そんな考えに取り憑かれていました。

30歳目前で訪れた“このままでは終われない”感情

一方で30歳が近くなり、人生経験も少しは積んでいました。パチスロ業界などは規定の変更などで激変するので非常に不安定なこと、視力や体力の問題もあり、今は勝てても長いことパチスロで生計を立てることは難しいことにもどこかで気が付いていたのです。「この生活はいつまでも続かない」そう強く感じるようになったのは、二十代の終わり、三十路が目の前に迫った頃のことでした。

 

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第3回:中小企業診断士スクール初日──財務の壁と仲間との出会いが始まりだった

氷河期診断士

氷河期世代の中小企業診断士。
「やめておけ」と言われた資格で人生をリベンジ。30歳で診断士に挑戦し、資格を武器に年収1000万円を達成しました。
同じように悩む人へ、資格で人生は変えられることを実体験で発信。
対象:診断士志願者/資格取得者/転職・独立・副業を目指す方/ギャンブルから抜け出したい方。

このブログでは、勉強法・キャリア戦略・副業/独立のリアル、そして半生ストーリーを公開しています。

テーマ:資格で人生を立て直す/勉強法/転職・副業・独立のリアル/再挑戦のメンタル。
メッセージ:資格で、人生は変えられる。

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