第2回:資格雑誌との偶然の出会いが“中小企業診断士”挑戦の始まりだった

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学歴にも自信がなく、給料も上がらず、気づけばパチスロに逃げる毎日。
「このままでは何も変わらない」——そう思いながらも、どう動けばいいのかわからなかった20代後半。

そんな停滞した日々の中で偶然手に取った資格雑誌『ケイコとマナブ』。
そこで初めて「中小企業診断士」という資格を知り、人生の歯車が静かに動き始めました。

難関でありながら“経営の専門家”として働ける国家資格。
しかも当時は試験制度の転換期で、今ならチャンスがあるらしい。
そして決定打になったのが、受講料の8割が戻る「教育訓練給付制度」との衝撃的な出会いでした。

何も持たない凡人でも挑戦できるかもしれない——
その小さな希望が、後に人生を変える大きな分岐点となります。

この記事では、資格に興味すらなかった自分が「中小企業診断士」という選択肢に出会い、
迷いながらも一歩を踏み出すまでのリアルな心の動きを、当時の記憶のままに語ります。

資格情報誌『ケイコとマナブ』との偶然の出会い

何気なく手に取った一冊が人生を変えた

社会人になって十年近くが経った頃、ある日ふと本屋で目に留まったのが『ケイコとマナブ』という資格・習い事情報誌でした。普段なら手に取ることもない雑誌でしたが、「このままではいけない」という焦りが、自然と手を伸ばさせたのかもしれません。

中華料理店で“資格で人生を変える”を意識した瞬間

その雑誌を片手に、行きつけの中華料理店へ足を運びました。油の香りが漂う店内で注文するのは、いつもの絶品餃子です。大きな餃子は皮がプルプルとして独特で、たっぷりの野菜とあふれ出る肉汁を楽しみながら、相性抜群のビールで流し込みました。「実はこんな今も悪くないのかもしれない」などと思いつつおもむろにページをめくると、そこにはさまざまな資格の紹介が並んでいました。簿記、宅建、FP、そして司法書士や行政書士、社会保険労務士、中小企業診断士……。
「資格で人生を変える」――そんな見出しに心を奪われました。

中小企業診断士という選択肢との出会い

他の士業と比較して“自分にフィットした理由”

経験もスキルもない自分を“商品”として売り出すには、やはり国家資格、それもある程度難易度が高く、知名度のある資格でなければ意味がないだろうと考えました。
ページをめくる手が止まったのは「中小企業診断士」という、見慣れない資格でした。司法書士は登記や法律の色が強く、自分には難しすぎるように思えました。行政書士は幅広いけれど、食べていくには厳しいと誰かが言っていたように記憶しています。社会保険労務士は労務関係の専門家ですが、あまりピンときませんでした。その点、診断士は経営を支える存在と書かれていて、自分の将来像に重ねやすかったのです。

経営コンサルタントとして企業の課題解決を支援する。合格率は数%と厳しいものの、士業としてのステータスもある。法律系や会計系に比べれば、自分にもまだチャンスがあるのではないかと感じました。理系出身で数字に抵抗がなく、「経営」という言葉にもどこか惹かれるものがありました。

平成14年“ルール変更期”という追い風を知る

当時は平成14年。診断士試験はルール変更の時期で「今なら受かりやすい」という噂も耳にしました。しかしそれは同時に「今を逃せばますます厳しくなる」という意味でもありました。
友人に飲みの席で話すと、返ってきた言葉は「無理だろ、やめとけ」でした。正直、自分でもそう思いました。パチスロに明け暮れる毎日。勉強の仕方すらわからず、机に向かう習慣もない。誰も応援してくれるわけではなく、むしろ笑われるばかりでした。それでも心の奥底で「今しかない」という声が消えませんでした。

そこで雑誌に載っていた資格スクール――TAC、LEC、企業経営通信学院……そうした名前をメモして、片っ端から資料請求をしてみました。分厚いパンフレットが自宅に届くたびに「やるべきか、やめるべきか」と心が揺れました。


思えば、国家資格というものに縁がなかったわけではありません。大学時代、友人に勧められて乙種第4類危険物取扱者(いわゆる乙4)を取ったことがあります。化学科出身だったため、ほとんど勉強は不要で簡単に合格できました。ですが、それは「資格を取る」という実感にはつながりませんでした。今回の挑戦は、まったくの初心者としての再出発だったのです。

教育訓練給付金制度との衝撃的な出会い

受講料8割が戻る可能性に驚愕

しかし、決意は簡単ではありませんでした。財布の中にはいつも小銭しかなく、パチスロで勝ったと思えば、居酒屋やキャバクラですぐに消えてしまう。気づけば給料日前は財布が空っぽ。そんな生活の中で、スクールに数十万円を払うなど到底無理な話でした。
転機は、思いがけない形で訪れました。


あるスクールの資料に小さく書かれていた「教育訓練給付制度」という文字。調べてみると、国が一定の条件を満たす社会人に対して、受講料の一部を補助してくれる制度だというのです。最初は「どうせたいした額じゃないだろう」と思いました。ところが、さらに読み進めると、なんと受講料の8割、額にして60万円近くが戻ってくる可能性があると知りました。
「えっ、本当にそんなに出るのか?」
思わず声に出したのを覚えています。

“お金がない”という言い訳が消えた瞬間

お金がないことを言い訳にしてきた自分にとって、この補助金はまさに救世主のように思えました。もし国がここまで後押ししてくれるのなら、やらない理由はないのではないか。それまで国の制度など気にしたこともなかった自分にとっては衝撃でした。

資料請求からスクール決定までの葛藤と決意

怪しいと疑いながらも一歩踏み出した理由

しかし、それを知っても実際には「怪しいんじゃないか?」「本当に国がそこまでしてくれるのか?」などと疑念がすぐにわいてきました。今ならネットですぐに確かめられますが、当時はその手段がありませんでした。これを解決するために、資料請求をした最寄りのスクールに行って確認することにしました。相談コーナーで「教育訓練給付制度」について確認すると、後払いではあるものの給付が可能であり、分割払いも可能だとわかりました。

後払いという点は少し拍子抜けでしたが、分割払いができるなら費用もなんとか工面できそうです。それまで「いつか」「そのうち」と思っていただけの資格挑戦が、急に現実味を帯びてきました。振り返れば、この制度を知った瞬間こそが、自分の人生を大きく変える最初の「分岐点」だったと思います。

もちろん、不安は消えませんでした。パチスロを完全にやめられたわけでもなく、勉強を始めても集中できる保証はありません。それでも「もしかしたら」という小さな光が、初めて心の中に差し込んできたのです。

申し込み用紙を投函した“運命の瞬間”

改めて、スクールから届いたパンフレットを机に並べ、電気スタンドの下でじっと考えました。この光を見逃せば、きっと一生後悔する。タバコをふかしながら「やるしかない」とつぶやいて、ついに資格挑戦への第一歩を踏み出すことを決めました。
翌朝、申込用紙に名前を書いてポストに投函しました。ポストに落ちる音を合図に、自分の中で何かが確かに動き出したのを感じたのです。

 

▼ 続きはこちら
第1回:就職氷河期の20代、工場で働きながら「このままでいいのか」と悩んでいた頃の話
第3回:中小企業診断士スクール初日──財務の壁と仲間との出会いが始まりだった

氷河期診断士

氷河期世代の中小企業診断士。
「やめておけ」と言われた資格で人生をリベンジ。30歳で診断士に挑戦し、資格を武器に年収1000万円を達成しました。
同じように悩む人へ、資格で人生は変えられることを実体験で発信。
対象:診断士志願者/資格取得者/転職・独立・副業を目指す方/ギャンブルから抜け出したい方。

このブログでは、勉強法・キャリア戦略・副業/独立のリアル、そして半生ストーリーを公開しています。

テーマ:資格で人生を立て直す/勉強法/転職・副業・独立のリアル/再挑戦のメンタル。
メッセージ:資格で、人生は変えられる。

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