第4回:診断士一次試験の本番──立正大学で迎えた緊張と手応え、そして仲間の涙

中小企業診断士

中小企業診断士一次試験の本番を初めて迎える——。
その数週間前から、胸の奥は波打つように落ち着きませんでした。模試では合格可能圏内と言われていても、「本当に大丈夫なのか?」という不安は日に日に大きくなっていきました。仕事との両立で思うように勉強が進まない日もあり、期待と焦りが入り混じったまま試験当日を迎えることになりました。

会場は立正大学。真夏の強烈な日差しの中、緊張と高揚が入り混じる空気。得意科目では手応えをつかみつつ、苦手の経営情報システムでは地獄を見るような感覚に襲われました。二日間を走り抜けた後の自己採点では、合格ラインをギリギリ越えているかもしれない——そんな微妙な手応えでした。

しかし本当の衝撃は、合格発表の日でした。合格率16.2%という厳しい現実。そして、誰よりも仲間を支え続けてくれたSさんの不合格。この結果は喜びと同時に深い複雑さを残し、「二次試験では自分も落ちるかもしれない」という強烈な警鐘にもなりました。

この記事では、一次試験本番の空気、得点が伸びた瞬間、崩れそうになった心、仲間の涙、そして次のステージへ進む決意が生まれるまでの感情を、包み隠さず描いていきます。

中小企業診断士一次試験の直前期

合格可能圏内でも不安が消えない理由

試験直前の数週間は、心がまるで波打つように落ち着きませんでした。合格可能圏内――そう評価されていても、「本当に大丈夫だろうか」という不安は小さくなりません。八科目に及ぶ一次試験では、たった一つの苦手科目で足をすくわれる恐れがありました。その重圧は、試験日が近づくほど強くなっていったのです。

スクールの模試や小テストでは、総合的に見れば「合格可能圏内」という評価をもらっていました。しかし、当時の一次試験は範囲が途方もなく広く、得意科目で点を伸ばしても、苦手科目で沈めば一気に足をすくわれる状況でした。その不安が頭から離れませんでした。

仕事との両立で自信が揺らぐ毎日

会社の業務には関連が薄く、場違いなチャレンジをしていることを知られるのが気恥ずかしく感じました。また、プラスの意味で共感を得られるとも思えなかったため、会社には受験のことを伝えていませんでした。そのため、仕事は普段どおり。試験直前の週も残業をこなし、帰宅後に机に向かうのがやっとでした。休日に図書館へ通い詰める人たちと比べて、「自分は大丈夫なのだろうか」と焦燥感に駆られる一方で、「いや、ここまでやったのだから大丈夫だろう」という自信もありました。不安と期待が入り混じる、落ち着かない日々でした。

一次試験当日のリアル(立正大学)

強烈な夏の暑さと緊張が交錯した朝

そして迎えた試験当日。会場は大崎の立正大学でした。8月の強烈な日差しの下、駅から会場までの道のりだけで汗が噴き出しました。10年以上ぶりの本試験会場に足を踏み入れると、大学の大きな教室は受験生で埋め尽くされていました。参考書をめくる音、鉛筆を走らせる音、緊張感に満ちた空気。自分の席につくと、偶然スクールの仲間の姿を見つけました。軽くあいさつを交わした瞬間、胸の奥に温かいものが広がり、少し心が落ち着きました。

1日目の試験科目と手応え

経済学・財務会計は上々の滑り出し

一日目の最初の科目は経済学でした。ある程度自信を持っていた分野だったので、問題を解き進めながら「ここは点が取れる」と感じることができました。続く財務会計も、簿記で基礎を固め直していたことが功を奏し、冷静に解答を積み重ねることができました。序盤は上々の滑り出しでした。

企業経営理論・運営管理で揺れる自信

午後は企業経営理論と運営管理。どちらも比較的得意としていた分野で、解答中は「点が取れている」と思えました。しかし、帰路につくと出題内容を思い返すたびに「誤答が多かったかもしれない」と不安が膨らみ、気持ちは落ち着きませんでした。翌日の試験に集中すべきところでしたが、正解もわからないまま1日目の結果が気になり続けました。

「そういえば、模試でも企業経営理論のマーケティングは得点が伸びていなかったな。どのように勉強すればよかったのだろうか」――そんなことを考えながらも、結局は不安の中で、2日目の苦手科目である経営法務と経営情報システムの復習をするしかありませんでした。

2日目の試験科目と苦戦した分野

苦手だった経営法務で苦しい展開

2日目の午前は経営法務からスタートしました。抽象的な概念の理解の難しさ、条文や判例を覚える負担感、そして経営戦略との関連付けの難しさ。結局、苦手意識を払拭できないまま試験時間を終えました。

最大の山場・経営情報システムの地獄

そして最大の山場は経営情報システムでした。ITの基礎知識が不足していたこともあり、普段使うことのない専門用語の暗記には苦労しました。スクール時代から一貫して不得手だった科目です。試験中も「これは落とした」と何度も思いました。同じ教室で受験していたスクール仲間が経営情報システムを得意にしていたため、受験後にはその仲間に試験の話を聞いてもらい、なんとか不安をごまかしました。今思えば迷惑をかけたかもしれませんが、彼には本当に感謝しています。必死に粘った結果、自己採点をしてみると、なんとか五割強は取れていました。心の底からほっとした瞬間でした。

自己採点と合格ラインの攻防

六割ラインはギリギリクリアの見込み

二日間にわたる試験が終わったときの疲労感は、まさに全身から力が抜けるようなものでした。合格ラインは「おおむね総得点の六割以上、かつ四割未満の科目なし」と予想されていました(当時は科目合格制度がありませんでした)。自己採点の結果、合格基準はなんとかクリアしていそうでした。スクール仲間と結果を照らし合わせると、思ったほど点は伸びていませんでしたが、「ギリギリいけるかもしれない」という感触がありました。安堵と不安、そしてすぐ先に控える二次試験への意識。その三つが入り混じった複雑な気持ちで会場を後にしました。

パチスロに例えるなら、展開に恵まれなくても粘りに粘って、大負けだけは避けられたような感覚でした。勝利とは言い難いものの、次の勝負につなげられるだけのコインは残せた、そんなイメージでした。

一次試験合格発表の現実と衝撃

合格率は16.2%、前年の半分に急落

やがて訪れた合格発表の日。数字は冷酷に現実を突きつけました。申込者数12,447人、受験者数10,572人、合格者2,021人。合格率は16.2%。前年の31.7%から一気に半減するという厳しい年でした。

仲間Sさんの不合格を知ったときの複雑な感情

スクールの仲間は幸いにも十数名が合格していましたが、労をねぎらうメンバーの中で、なぜかあのSさんの元気がありません。「まさか」と思いましたが、ほどなく彼が重い口を開きました。
「一次試験に不合格でした」と。

Sさんは、メーリングリストを作り、学習会を取りまとめ、休憩時間には皆を笑わせ、飲み会では雰囲気を和ませてくれた人でした。誰よりもグループを支えていた存在が報われなかった現実に、私は言葉を失いました。

正直、彼が合格して自分が落ちるという結果の方がまだ納得できたかもしれません。それほどまでに彼の努力は際立って見えていました。だからこそ、自分の合格を素直に喜べない複雑な気持ちがありました。「努力は必ずしも結果につながらない」――頭では分かっていたことでしたが、その事実を目の当たりにしたのは初めてでした。

仲間の不合格が自分への警鐘となった

一方で、Sさんの不合格は自分への警鐘にもなりました。一次試験は通過点にすぎず、二次試験では何が起こるか分かりません。油断すれば、自分も同じ結果になり得るのです。Sさんの不合格は悲しみであると同時に、自分を奮い立たせる強烈な刺激となりました。

 

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