第5回:診断士二次試験の絶望と突破口──上位2割の壁に挑んだ日々

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一次試験に合格した瞬間、確かにうれしかった。
しかしその喜びはすぐに「次は二次試験だ」という重い覚悟へと変わりました。

合格率はわずか2割前後。
一次試験の上位者しか突破できず、しかも正解がない記述式。
模範解答はスクールごとに違い、過去問を解いても方向性が揃わない。
努力と成果が結びつかない“霧の中の戦い”が始まりました。

さらに、グループ学習では答案の方向性がバラバラで混乱が深まり、
模試では上位10〜30%に留まり続け、突破口が見えない。
仕事と勉強の両立で心身が削られ、疲れ切った夜も多くありました。

それでも続けられたのは、不合格ながら前向きに学び続けるSさんの背中、
そして仲間の支えがあったから。
二次試験の本質は「華麗な文章」ではなく
“問われたことに端的に答える力”だと気づいたのも、この時期でした。

この記事では、二次試験の情報収集で味わった絶望、
模試や再現答案で見えてきたヒント、方向性に迷い続けた日々、
そして本番に向けて覚悟を固めていくまでの心の揺れを、
包み隠さず記していきます。

一次試験合格後の心境と二次試験への意欲

「嬉しさ」よりも「次に進む覚悟」が勝った瞬間

一次試験の合格は確かにうれしかったです。ですが、途中から「受かるつもり」でいたこともあり、手放しに喜ぶというよりは「よし、次だ」という気持ちのほうが強くありました。一次試験を突破すれば、二回まで二次試験を受験できる権利が得られます。とりあえずの目標は達成しましたが、できることなら一気に二次試験も突破したいという欲が自然と芽生えてきました。

Sさんは不合格でもスクールに残り続けた

スクールの講座はもともと二次試験までを対象にしていたため、不合格だったSさんも引き続き通学を続けていました。相変わらず学習会を仕切り、仲間を鼓舞する姿は健在でした。その献身的な姿を見ていると、ますます気を抜くわけにはいかないと自分を奮い立たせました。一次試験の合格を祝ってスクール仲間と杯を交わした夜も、どこかで「本当の勝負はここからだ」という思いが頭を離れませんでした。

二次試験の情報収集で見えた“絶望的な壁”

合格率はわずか2割前後。一次はあくまでスタートライン

ただ、情報を集めれば集めるほど不安は増していきました。一次試験の合格者のうち、最終的に合格できるのはわずか二割前後。つまり一次試験はスタートラインに過ぎません。しかも形式は記述式で、解答は一つではありません。採点基準も不透明で、模範解答と似ていればいいのか、それとも独自性が評価されるのか、どうにも見当がつきませんでした。

過去問や模試には「ファブレス企業」「ECモール」など、これまで勉強してきた知識とは別種の問題が出題されていました。経営学の体系知識を問うのではなく、具体的な事例を踏まえた「提案」が求められます。その発想自体に慣れていない自分にとっては、未知の領域に足を踏み入れるような感覚でした。

設問要求が曖昧で、模範解答もバラバラ

書店を回って教材を探しましたが、二次試験に特化したものは意外に少なく、スクールの教材も心許ないものでした。唯一面白いと感じたのは「過去の合格者の答案再現集」です。驚いたのは、合格者の答案にも意外と不正確な記述や的外れな部分が見られることでした。つまり「完璧でなくても合格できる」。逆に言えば「完璧を目指しても意味がない」のかもしれません。その気づきは、二次試験に臨むうえでの大きなヒントになりました。

グループ学習で生まれた混乱と迷い

答案を見せ合うほど“方向性の違い”が露骨になる

グループ学習でも壁に突き当たりました。答案を見せ合えば見せ合うほど「方向性の違い」が際立ち、かえって混乱してしまうのです。二次試験は「誰の提案が優れているか」を競う場ではありません。限られた時間内に、採点者が「妥当だ」と判断できる答案をまとめることが求められています。華麗な発想や独創的な表現より、出題者の意図を外さずに文章をまとめる力こそ必要なのではないか。そう思い始めると、グループでの議論はむしろノイズに感じられるようになっていきました。

フレームワーク万能説の限界

アンゾフの成長戦略、3C、PPM、4Pなど理論やフレームワークを当てはめれば得点が上がるという意見もありました。しかし、過去問を見ると必ずしも理論で整理できるわけではなく、その限界を感じました。

模試の結果と“上位数%の壁”

模試は上位10〜30%を維持するも伸び悩む

模試はスクールの2回に加え、他校の模試も3回ほど受けました。順位はおおむね上位10〜30%。全く太刀打ちできないわけではありませんが、上位数%との壁は厚く、どうやって突破するか、その方法は見えませんでした。

たどり着いた“自分だけの学習法”

模範解答に寄せすぎない“端的に答える戦略”

最終的にたどり着いたのは、自分なりの演習法でした。過去問を時間内に書き切り、模範解答に近づける訓練を繰り返しました。ただし模範に寄せすぎず、問われていることに端的に答えることを優先しました。字数指定があれば必ず満たすようにし、無駄な言葉を削ぎ落とす。単純ですが、結局は「問われたことに、きちんと答える」ことを徹底するしかないと思いました。

手応えと不安が常に同居する日々

そうして答案を積み上げる中で、「合格は不可能ではない」という実感と、「まだまだ足りない」という不安が常に同居していました。模試の成績が伸び悩むたびに焦り、再現答案を読み返すたびに希望を得る。その繰り返しのなかで、本番の日は刻一刻と近づいていきました。

二次試験を目前に控えた数週間は、とにかく落ち着かない日々でした。勉強しても成果が出ているのかが見えず、答案を積み重ねても自信につながらないのです。一次試験は「これだけ勉強すれば得点できる」というある種の直線的な努力が通じましたが、二次試験にはそれが通用しないように感じられました。問題を解くたびに「正解がどこにあるのか」を見失い、模範解答と自分の答案を見比べても、論理的な差ではなく「書き方の方向性」の違いばかりが目立ちました。努力と成果の関係が不透明であることが、何よりも大きなストレスでした。

仕事と勉強の両立という過酷な現実

平日の残業後は頭が回らず、休日も疲労で集中できない

また、仕事との両立も簡単ではありませんでした。平日は夜遅くまで残業することもあり、勉強時間を確保するのに苦労しました。眠気と疲労の中で答案を書いても、頭が回らず空回りする。休日に集中して取り組もうとしても、平日の疲れが残って思うように進まないのです。仲間の中には有給を使って追い込みをかける人もいましたが、自分はそこまで踏み切れず、「社会人受験生」としての限界を痛感することもありました。

それでも戦い続けられた理由

不合格経験のSさんの姿に奮起させられた

それでも投げ出さなかったのは、Sさんや仲間の存在が大きかったです。グループ学習の方向性には疑問を持ちながらも、同じように悩み、試行錯誤している仲間がいること自体が心の支えになりました。特に、不合格を経験しながらも誰より熱心に取り組むSさんの姿は、自分を奮い立たせるものがありました。「自分が弱音を吐いている場合ではない」という気持ちを、何度も思い出させてくれました。

前日には“詰め込み”ではなく覚悟を固めた

試験前日には、答案の再確認よりも「ここまでやってきた」という自分への納得を優先するようにしました。すべてを網羅することは不可能です。大切なのは、限られた時間で問われたことにきちんと答えること。その基本に立ち返り、「明日は腹をくくって書き切るしかない」と心を整えていきました。

そして迎えた二次試験当日。胸に渦巻く不安を抱えながらも、覚悟を決めて会場へと足を運びました。

 

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第6回:診断士二次試験・本番の80分×3本勝負──青山学院大学で味わった緊張と迷いの記録

氷河期診断士

氷河期世代の中小企業診断士。
「やめておけ」と言われた資格で人生をリベンジ。30歳で診断士に挑戦し、資格を武器に年収1000万円を達成しました。
同じように悩む人へ、資格で人生は変えられることを実体験で発信。
対象:診断士志願者/資格取得者/転職・独立・副業を目指す方/ギャンブルから抜け出したい方。

このブログでは、勉強法・キャリア戦略・副業/独立のリアル、そして半生ストーリーを公開しています。

テーマ:資格で人生を立て直す/勉強法/転職・副業・独立のリアル/再挑戦のメンタル。
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